2011年2月20日日曜日

後生掛温泉なう、だった! - 3

そこで、けつろんん??ではないのだ、まだまだけつろんはだせないのが秘境の常である。

深いのは後生掛の謂れだよね、と答えてくれた君たち!!本当にそこに行ってほしい。
http://www.goshougake.com/modules/tinyd2/

後生掛の謂れになった、源泉のオナメ・モトメには雪解けを待たないといけない。
ガンジキ(スノーシュー)を履けばいけるかもしれないが、だれも行こうとしないのは何故なんだろう。
ちょこっと行って見たい気もする。

後生掛温泉由来(後生掛温泉ホームページから)
300年前、三陸生れの若者九兵衛が地獄谷の尻に牛を飼って住み着いていたが、3年目の夏に生死をさまよう重病に冒された。
その時恐山に向かう若い巡礼が通りかかり佛心を込めて看病したので、九兵衛は全快し、同情と敬慕に結ばれた二人は幸福な3年を過ごした。
然し九兵衛には三陸久慈に許嫁があった。出発後生まれた子は七才になっていた。子供のため、夫を迎えに妻は故郷を後にした。
やっとたどりついた地獄谷で見合う三人の夜が夫々の苦悩と鶏鳴に明けると巡礼の姿が無かった。
妻は予感をたどり地獄谷大石の側に草鞋を見つけた。女として女を知る妻は号泣した。
そして妻も又夫の声を後に聞きながら、後生を掛けて地獄谷に身を投じていた。その後地獄谷を訪れる人はオナメ(妾)モトメ(本妻)と呼びこの地を後生掛と呼ぶようになった。
後生掛けて 逝きにしオナメに又モトメ 香りはつきぬ 岩の石楠花

この先が 、オナメ・モトメ

ところで、後生掛温泉の裏山を登ると、焼山を通って玉川温泉に行ける。
これがまた、ほどよいトレッキングコースで、毛せん峠と名残峠を通って、片道4~5時間程度(健脚で走ってゆく人もいる)。

普通は、玉川温泉に着いてから岩盤浴や強酸性の風呂を楽しむ。昼食は、タマゴや芋とネットを持って行けば、地面のボコボコで蒸かして楽しめる。

帰りは、バスに乗るのがだいたいお決まりのコースらしい。



初夏から秋は山歩きがよかんべ~、トレッキングシューズか長靴は要るよな、
やっぱり次は6月から10月だべな~、mountain_hillさん、すーさん!!
http://www.net1.jway.ne.jp/mountain_hill/AkitaYakeyamaAkitakoma20100923.html
http://blog.goo.ne.jp/rasu-t8mt/c/efdbd5533e402fbf6a0fb437b870fa1b

ここが、後生掛~焼山~玉川温泉への登山口


この先に登山道があるのだが、今は何も見えない


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